ホラー映画『REC』は自信をもって人に推薦できるスペイン発エンターテインメント映画だと思う

スペイン語学習の教材となる映画を探して紹介しているこのブログですが、今回の『REC』は、ホラー映画好きの間では、あまりに有名で、むしろスペイン映画だと知らない人も多いかもしれません。


つまり、ブレアウィッチプロジェクト以来、流行した、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)の一作ですが、私個人の意見として言わせてもらえば、モキュメンタリー系のホラー映画ではこれが結局、一番面白いのではないかと思う

舞台は、バルセロナ。

消防署の一日に密着取材していたテレビ局のクルー(と言っても、カメラマンとレポーターの二人組ですが)が、深夜のバルセロナで突如発生した怪事件に巻き込まれ、その経過は現場に残されていたテレビカメラに録画されていた・・・というパターンですが、

一人称視点のカメラが、手振れやら何やらのせいで、「かんじんのところ(何かがとびかかってきそうなところ!)がいまいち、フレームの中映ってくれない」というもどかしさ。それをうまく使った傑作なのではないでしょうか。

「スペイン語を習っているっていうけど、スペインの映画で何か、面白いものってないの?」と誰かに聞かれたら、自信をもって、これをススメましょう!

ともあれ、これ、かなり怖い映画なので、ホラーが苦手な人には絶対にススメないこと!

まぁ、ひとことで言うと、ゾンビもの、ということになるのですが、バルセロナの荘厳な街並みが背景になっているあたり、とか、ゾンビ発生の理由が科学物質とか放射能ではなくオカルト系の力によるものらしいあたりとか、に、スペインらしさがうまくかみ合っていて、私自身、何度も見返しては唸ってしまう傑作となっているのでした。

アルゼンチンタンゴ初心者にこそ、むしろいきなり聴いてほしい、アルテルタンゴ

アルテルタンゴが、好きです。

ですが、これほど、人に勧めるのが難しいジャンルもない。タンゴ、というだけで、日本では何やら「古めかしい」印象にとらえられてしまう。昭和のカルチャースクールな雰囲気といいますか。「モヤさま」に出てくるような下町のしょぼくれたバーにかかっているガタガタのレコードの雰囲気といいますか。おじいちゃんやおばあちゃん、せいぜいスナックの中年ママが聴いているような世界だと思われてしまいがち。

だが、そんな人たちにこそ、アストル・ピアソラもレオポルド・フェデリコも何もすっ飛ばして、二十一世紀の新世代タンゴミュージシャンたちの音を、いきなり、聴いてほしい。

特に、私の好みとしては、アルテルタンゴ(ALTERTANGO)というバンドをあげておきましょう。リズム感や、フレーズの哀愁は、間違いなく、イメージ通りの「アルゼンチンタンゴ」。なのに、なんとまあ、いかにも、「現代!」の音に洗練されていることか。

当たり前な話ではありますが、アルゼンチンタンゴも、二十一世紀の今日もなお、進化しております。そのような、「いまどきの」アルゼンチンタンゴの冒険に何かしら胸を打たれてから、次にアストル・ピアソラ、レオポルド・フェデリコと、時代を遡っていくと、アルゼンチンタンゴの「よさ」がどんどん、わかってくるのではないでしょうか?

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ペルーのホラー映画『ラサルテの屋敷』の全篇に溢れる既視感には、いろいろ突っ込まずにいられない話

ペルーのホラー映画なる、これまた珍しいものを鑑賞しました。

『ラサルテの屋敷』。原題は『No Estamos Solos』。初級スペイン語学習者でも読める易しいタイトル!「わたしたちだけじゃない!」という意味。ということで、幽霊物件に引っ越してきちまったペルーの中流(家具がガンガン多いところを見ると上流??)家庭の受難譚。ゴーストハウスものでした。それにしても、いかにも頼りなさそうな風貌の旦那さんと、常識人そうなお母さんと、感受性の強そうな子という三人構成の家族が、人里離れた屋敷やらホテルやらに閉じこもって生活するとロクなオチにならないのは、東西かわらぬホラーオカルトの定石のようで。。

弱点としては、せっかくスペイン語の勉強をしたくて字幕なしでトライしているのに、「おどかすための効果音(バーン!とかドーン!とか、キュイングルルグルルグギャキイイン!とか)」があまりにうるさくて、セリフを聞き取ろうとする集中力が破られっぱなしだったことでしょうか。このような映画でスペイン語をトレーニングしようとする私が悪いのですが、、。

まじめにホラー映画として観た場合、せいぜい80分弱という短めの作品なので、金曜の夜にビールでも飲みながら見るにはちょうどよい軽さ、という利点はあります。「ありがち」な映画ではありますが、つまらないわけではないので。特に「ペルーの家庭」という珍しいものが見られるので、非英語圏の映画が好きな人には大満足なはず。

しかし、本作品をまじめに見ようとすると、どうしても、突っ込みたくなる箇所がちらほら。

・子供がベッドの下を覗く→何もいない→ほっとして顔をあげるとバーン!→ちょっとタイミングをずらして、ピエロの人形で驚かされる。(「ポルターガイストじゃないか!」)

・神父さんが登場して、幽霊に取りつかれたお母さんをベッドに縛り付けて、聖書の言葉を語り掛け、聖水を振りかけながら悪魔祓いに挑む。(「エクソシストじゃないか!」)

という感じで、ハリウッドの有名ホラー映画とそっくりな構図やギミックがどんどん出てくる。既視感がバリバリありすぎて、いちいち、「あー、ここは、あの映画のあのシーンを参考に作ったんだな」と思ってしまい、集中して怖がれない(!)。やはり、ビールを片手に突っ込みながら見るのがちょうどいい映画ですね。もっとも、結局ラストが消化不良でシリキレなのが、なんともなぁ。

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コロンビアのホラー映画『スクワッド 荒野に棲む悪夢』は快作になるまであとわずか数センチメートルの怪作だった話

とにかくいろんな国のスペイン語に触れてみたい一心と、

生来のホラー好きが重なりまして、

ラテンアメリカ発信のホラー映画と聞くと、食指が動いてしまう私。

今回は、これまた珍しい、コロンビアのホラー映画を鑑賞しました。

※ちなみに、な愚痴ですが、本作のデータを調べようとネットで「コロンビアのホラー映画」と検索したら、アメリカのコロンビア映画社関連のページばかりに誘導されるのは、なんとかならないものか、、。

ストーリーとしては、対ゲリラ戦闘中の陸軍の小部隊が(この設定自体、いかにも、コロンビア、ですが、、!)、霧に包まれた山中で身動きがとれなくなっているうちに、一人また一人と、「ナニモノカ」の犠牲になっていく、というもの。

映像の上でも、ストーリー上でも、説明的な部分がまったくない。結局、彼らを襲っていたものがなんだったのか、曖昧なまま。いやそもそも、超常現象的なことは何もなく、すべてが彼らの妄想による同士討ちだったのかもしれない。そういう意味では厳密にはホラーではないのかもしれない。そんな不思議感覚に誘われる作品です。面白いか、面白くないか、と言われると、、、ううむ、よくわからないw。映像や照明の当て方にものすごく凝っていて、それなりに最後まで興味深く見てしまったけれども、面白いかというと、あとほんの数センチ、何かが足りない。撮り方が面白いので、よほど映画が好きな人なら、「そうきたか」「そう撮ったか」と呟きながら楽しめるでしょう。

個人的に気になったところとして、この映像感覚、なんだか、既視感があると思っていたのですが、、、

霧の向こうにかすかに見える影とか、屋内での光と物陰のコントラストとか、、、

見終わって、しばらくして、気づきました。日本のホラーゲーム、『サイレントヒル』の雰囲気に似てる!別にどちらかが似せたとかいう話ではなく、霧に閉ざされた廃墟というシチュエーションが必然、似た感じにさせちゃった、ということなのでしょうが、

言われてみると、「主人公の妄想なのかどうかも曖昧」という雰囲気そのものについても、どこか、本作と「サイレントヒル」は似ているのではないかしら、などと、思ったのでした。

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アルゼンチンのホラー映画『テリファイド』に、どこか懐かしいJホラーの薫りを嗅ぎ取った話

スペイン語の勉強をしていると、たまに、こういう掘り出し物に出会えるから、嬉しくなります。やはり、外国語の勉強というものは、やっておくものですね。日本語でも英語でもない第二外国語・第三外国語をやる喜び—それはつまり、日本語圏でも英語圏でもない地域のサブカルチャーを漁色する楽しみにつながるわけです。それにしても、まさかまさか、アルゼンチンのB級ホラー映画なる領域で、懐かしいJホラーのテイストに出くわすとは、思ってもみなかった。


ブエノスアイレスの住宅街を突如襲う、怪事件の連続。排水口から聞こえる謎のうめき声とか、突然動き出す椅子だとか、壁の向こうから響いてくる「ドン、、、ドン、、、」という一定周期の謎めいた低音だとか。いわゆるポルターガイスト現象を扱ったオカルト系かと思わせておいて、からの、露骨なモンスターが「バーン!」とばかりに突然出てくるショック。いやもう、お化け屋敷のコワ楽しさ、そのままです。子供の死体のくだりだけ、あまりにグロテスクで、ワビサビを好む日本に生まれた人間の心情からすると、ちょっと、きつかった。

でも、これはもう、見れば見るほど「『リング』やら『呪怨』やらを徹底研究してくれたのでは?」と邪推するほど、どこか懐かしいJホラーのテイストが満載。最近、この手の、「音でビビらせる」「カメラの視界の外からの『バーン!』な写りこみでビビらせる」ギミックが日本映画では流行らなくなっていたので、その手の手法がアルゼンチンの若い監督に継承されていた、というのは、なんとも嬉しいかぎりなのでした。

私自身は、アルゼンチンのスペイン語のリスニング訓練をしたくて、字幕なしで鑑賞チャレンジした映画。みなさん、かなりの早口で、スペイン語のリスニングにはなかなか苦戦しましたが、セリフを半分くらい理解できなくても、ストーリーを楽しむ上では、特に支障のなかった(!)映画体験となりました。

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naranjo(スペイン語の「オレンジ」)が英語と響きあいつつアルゼンチンタンゴの旋律に紛れ込んだとき

私がスペイン語をやるようになったきっかけは、スペイン語圏の音楽。

フラメンコもフォルクローレもよいが、特に私にとっては、アルゼンチンタンゴが素晴らしい!

中でもとりわけのお気に入り曲が、Naranjo en flor. 日本のタンゴ奏者の間でもポピュラーな演目で、日本語題は「花咲くオレンジの木」。

いろいろな奏者が吹き込んでおりますが、私の好みで言えば、ちょっとマニアックな選定ながら、フアン・カルロス・カセーレス(Juan Carlos Caseres)の演奏のものがとてもいい。ピアノの左手のリズム感は「まさにタンゴ!」な歯切れの良さでありつつ、おおらかにリスナーを包む、あったかい歌声が酔わせてくれます。

▼このアルバムの二曲目にNaranjo en florが入っています。これは名演▼

カルロス・カセーレスは、タンゴ ネグロ トリオという、アフリカンなルーツを強調したタンゴ(「白人の国」という自負の強いアルゼンチンで、その国民音楽であるタンゴのアフリカからの影響を探究するなど、それだけで挑戦的ですが)のグループで活動していたので、そちらのほうが有名かもしれません(タンゴ ネグロ トリオについての詳細はたとえばこちらのサイトを参照ください)。でも私はこの人のピアノ&ボーカルのシンプルなスタイルでの演奏が好きですな。とくに、老いてから確立された独特なダミ声、おじいちゃん萌えの私には、たまらん。

さて、この曲のタイトル。

Naranjo(ナランホ)というのは、スペイン語でいう「オレンジ」のことです。それはよいのですが、なんとこの語、最近読んだある本によると、英語のorange(オレンジ)と語源が同じだ、というのだから、かなりビックリ。どういうことか、というと。。。

・そもそもヨーロッパにはオレンジはなく、古代インドが原産である。

・インドのサンスクリット語では、オレンジはnarangahだった。実はこれが、インドヨーロッパ語族における「オレンジ」の最初の名前。

・それがアラビアからアフリカを経て、スペインに入った。アラビアからオレンジの栽培技術を輸入したスペイン人はオレンジを一大産業にした。ここでインドのnarangahが、naranjoになった。

・フランスに入った時に、なぜか、頭のnが抜けた(なぜかは、謎。ただし、フランスに入るといろんなものの語頭やら語尾やらが「抜ける」傾向があるように思えるのは私の気のせいか)。

・それが今後は英語に入った時、アレンジされて(!?)orangeとなった。これが、日本にもやがて入ってくる呼び名、「オレンジ」

と、いう次第なようですが。しかし、スペイン語のnaranjoと英語のorangeが、語頭のnを抜き取ればたしかに綴りがそっくりだ、などというのは、この話を読むまで私もまったく気が付きませんでした。

インドからスタートしたオレンジが、ヨーロッパに入ってくるのに伴い、言葉も少しずつ変化しながらヨーロッパに入ってきて、今ではカタカナ語「オレンジ」となって、日本にもやってきたのだ。

そんな「オレンジの雄大な一大歴史」を考えながら、あらためて、アルゼンチンタンゴの名曲、Naranjo en florを聴くと、また独特な感動があります。こういう感動を味わえるのは、外国語マニアの特権の一つかと。

もちろん、Naranjo en flor はぜひ、発音のきれいな、アルゼンチン人ミュージシャンの演奏で聴いてくださいね。上述の不安・カルロス・カセーレスの他には、ロベルト・ゴジェネチェのボーカルに、なんとかの巨匠アストル・ピアソラが伴奏をつけているバージョンなんてのもyou tubeで見られます!