「戦争がはじまろうとしている。いわゆる日清戦争である」は、どう英訳されたか?

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回からは物語前半のハイライト、日清戦争の部を取り上げていきましょう。日本語版では、文春文庫の第二巻に該当します。

英訳版を見る前に。日本語オリジナル版を振り返りましょう。

物語がいよいよ日清戦争の段に入っていく時。司馬遼太郎氏は、以下の文章で読者を導きます。

戦争がはじまろうとしている。
いわゆる日清戦争である。

名文、と言ってよいのではないでしょうか?それまで正岡子規や秋山真之の成長物語を追っていた読者が、この二行で、いきなり、キリリと、「ついに本当の戦争の話になるのだ」と引き締まるのです。物語も、ここから、伊藤博文や川上操六といった、指導者レベルの人々の動向も交えて描写されるようになり、スケールがいっきに、大きくなるのです。

この名文は、英語版ではどう表現されているか、見てみましょう。

War was in the air.
The war we know as the First Sino-Japanese War of 1894-1895 was just getting underway.

こちらはこちらで、見事な訳と、感心してしまいました。”War was in the air“には、痺れますね。いかにも英語らしい表現なのに、ちゃんと、原文の簡潔丹精さも継承している。

この”in the air”という表現を追ってみましょう。調べれば調べるほど、かなり多様なニュアンスを込めている表現と言えそうです。たとえば、こんな用例があります。

Dust in the air.

これは、ストレートな表現。空気中に漂う、埃のことです。これが、少し、比喩的な表現になってくると、

Something mysterious is in the air.

「何やら神秘的な雰囲気が漂っている」。こうなってくると、なんだか文学的で、うまく使いこなしたら格好いい表現ですね。

Feel the tension in the air.

「緊張が張り詰めているのを感じる」。これも、ぜひ、使いこなしたい表現です。

こうしてみると、”in the air”は、「何かが気配として漂っている」というニュアンスのように思えますが、ここからが言葉の面白いところで、まったく反対に、「現実的でない」という意味に使われることもあります。たとえば、

The plan is up in the air.

これは、「計画がまだ漠然としている(未定である)」という意味になり、

The plan is a castle in the air.

これは、「計画が現実的じゃない」というネガティブなニュアンス。それにしても、a castle in the air、「宙に浮いた城」というのは、日本語にある「絵に描いた餅」という表現となんとなく親近性が感じられて、とても、面白い。

【キーワード】
in the air

次回以降で、物語の主人公たちが、日清戦争という歴史のうねりにそれぞれの立場で巻き込まれていく姿を、さらに、追っていきましょう。

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