都市伝説を英語で語るためのボキャブラリー:FOAF(friend of a friend)

FOAFなる言葉があるそうです。

立派な社会学の用語。Friend of a friend。「友達の友達」。

「友達の友達の友達・・・と辿っていくことでどれだけの人数にたどり着けるか」という話と、

「出どころのアヤしい話につく、枕ことば」としての意味とがあって、

ここで大事なのは、後者のほうの意味。

日本の怖い話でもおきまりの、「これは私の友達の友達に起こった話なのだけど」とか、「これは友達のバイトの先輩のいとこに起こった話なのだけど」とかの、あれ、ですね。

これのいくつかのパターンを英語で覚えておけば、英語で怖い話をするチャンスが訪れた時、少なくとも出だしで詰まることは、ないはず!

以下に、英語の実例をいくつか、載せておきます。このまま覚えておくのもよし、英文メールやSNSで使いたい場合は、このままコピーで使ってもらって構いません。

This story happened to a friend of a friend of mine.

This was a true story that happened to a younger brother of one of my friends.

「怪談師」の皆様の心意気に共感した話

「海外の人たちに向けて、日本の怖い話を英語でうまく語れる人になりたい!」

という想いを胸に、日々、精進を続けている私。そんな私を勇気づけてくれる本がありました。

稲川淳二さんや山口敏太郎さんが企画している、関西テレビの「怪談グランプリ」。

その2017年度版の、序文が、とても共感できる内容なのです!

引用すると、以下の通り。

怪談には人の死を悲しみ、死者の無念を供養する役割がある。そして怪談を聞く者は人間の命の尊厳を知り、自らが生きていることに感謝するようになる。つまり、怪談を語ること、怪談を聞くことは命の大切さに気づかせてくれるのだ。怪談は素晴らしいものなのだ。

まったく、私も賛同できる考え方です!

さらに、山口敏太郎さんは、「怪談師」なる造語を作って、日本の伝統的な「怖い話を語るエンターテイメント」の文化を再興しようとしているという心意気に触れて、こう書いています。

そもそも『怪談師』という言葉さえも、筆者が某電子書籍の会社と電子怪談本を配信したときに作った造語であった。その後、明治期に実際に現在の『怪談師』と似たプロの職業が存在した事を知り、『怪談師』復興活動を続けてきた。

それからはや9年、2011年のみ心霊体験の映像を放送したが、順調に『怪談グランプリ』はコンテンツとして成長してきた。そして、『怪談グランプリ』に出場し怪談師となった人々が様々な番組で怪談を語り、各地で怪談イベントを立ち上げ、現在の隆盛に繋がったのだ。

この心意気、私も強く共感できますし、

「英語で日本の怖い話を語って、世界中の人をビビらせてやろう」という私の夢も、この本を読んで、おおいに、盛り上がったのでした。

ちなみに、「怪談師」の皆様とは、このようなお店へ行くと実際にお会いできるようです。行ってみたい!↓

https://thriller-tokyo.com

ホラー映画『REC』は自信をもって人に推薦できるスペイン発エンターテインメント映画だと思う

スペイン語学習の教材となる映画を探して紹介しているこのブログですが、今回の『REC』は、ホラー映画好きの間では、あまりに有名で、むしろスペイン映画だと知らない人も多いかもしれません。


つまり、ブレアウィッチプロジェクト以来、流行した、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)の一作ですが、私個人の意見として言わせてもらえば、モキュメンタリー系のホラー映画ではこれが結局、一番面白いのではないかと思う

舞台は、バルセロナ。

消防署の一日に密着取材していたテレビ局のクルー(と言っても、カメラマンとレポーターの二人組ですが)が、深夜のバルセロナで突如発生した怪事件に巻き込まれ、その経過は現場に残されていたテレビカメラに録画されていた・・・というパターンですが、

一人称視点のカメラが、手振れやら何やらのせいで、「かんじんのところ(何かがとびかかってきそうなところ!)がいまいち、フレームの中映ってくれない」というもどかしさ。それをうまく使った傑作なのではないでしょうか。

「スペイン語を習っているっていうけど、スペインの映画で何か、面白いものってないの?」と誰かに聞かれたら、自信をもって、これをススメましょう!

ともあれ、これ、かなり怖い映画なので、ホラーが苦手な人には絶対にススメないこと!

まぁ、ひとことで言うと、ゾンビもの、ということになるのですが、バルセロナの荘厳な街並みが背景になっているあたり、とか、ゾンビ発生の理由が科学物質とか放射能ではなくオカルト系の力によるものらしいあたりとか、に、スペインらしさがうまくかみ合っていて、私自身、何度も見返しては唸ってしまう傑作となっているのでした。

「明治日本とは漫画(カートゥーン)である!?」日清戦争前後の情勢を語る司馬遼太郎氏の筆は、どう英訳されたか?

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、前回に引き続き、「日清戦争」の章を追っていきましょう。日本語版では、文春文庫の第二巻にあたります。

この章では、作者の筆は、物語の主人公たちの視点をいったん離れ、より大きな「歴史」からの視点で日清戦争前後の情勢を語ります。ドラマよりも、評論的な文章が多くなる箇所です。

ここで、司馬遼太郎氏は、いささか意外な表現で、明治という時代を説明しています。

該当の箇所について、日本語版・英訳版の双方を、並べてみましょう。

「明治日本」というのは、考えてみれば漫画として理解したほうが早い。

Meiji Japan should perhaps be understood as a cartoon.

ちょっと意外な表現すね。これに出会うと、「え?!」と意外に思い、
続きの文章を読んでみたくなるのではないでしょうか?

これだから、司馬遼太郎作品は面白い!

単純に「明治はよかった、それにくらべて今の日本は」という書き方をする(凡百の)歴史小説作家たちと、ここらで違いが出ます。『坂の上の雲』は、日新日露戦争を背景にしている小説で、おおむね明治日本に肯定的なのですが、なんでもかんでも「よかった」としているわけではなく、こういうあたりでちゃんと、バランスをとっていることに、気づかされます。

そもそも、「読ませる文章」として、読者の引き込み方が、とても巧い!

それにしても、どうして「漫画」なのでしょうか?

司馬遼太郎は、こう、続けています。

すくなくとも、列強はそうみた。ほんの二十余年前まで腰に大小をはさみ、東海道を二本のすねで歩き、世界じゅうどの国にもないまげと独特の民族衣装を身につけていたこの国民が、いまはまがりなりにも、西洋式の国会をもち、法律をもち、ドイツ式の陸軍とイギリス式の海軍をもっている。

もちろん、日本人の視点からすると、それは明治時代に成し遂げられた「奇跡」と評価したくなるわけですが、

ふと、同時代の西欧の側からみると、滑稽味がある。

そのところを読者に認識させたうえで、以下のような、重要な指摘をしています。ここは英訳と並べて、引用しましょう。

日本のそれ(帝国主義)は開業早々だけにひどくなまで、ぎこちなく、欲望がむきだしで、結果として醜悪な面がある。

Japanese imperialism, just getting underway, was unrefined, awkward, and nakedly grasping, and in that sense hideous.

滑稽なだけでなく、醜悪(hideous)な面もあったそうです。

もちろん、このあたりについては、人によっていろいろ、意見が出るところでしょう。ともあれこのような、議論を喚起する、「扱うに難しい」テーマにもちゃんと言及しているあたりに、司馬遼太郎が「単純な講談調の大衆作家」ではくくり切れない魅力があることは確かです。

それにしても「漫画」とは、おもいきった表現ですね。

先に引用したとおり、英訳は、ここにcartoonという語をあてています。カートゥーンとは、これもまた、おもいきった訳にしたものですね。この”cartoon”、現代では、どうしても、バックスバニーやらミッキーマウスやらのアニメのことを連想してしまいますが、もともとは近世ヨーロッパの風刺画などにルーツを持つ、なかなか歴史の深い言葉だそうです。

【キーワード】
cartoon=漫画、アニメ。古くは風刺画

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「戦争がはじまろうとしている。いわゆる日清戦争である」は、どう英訳されたか?

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回からは物語前半のハイライト、日清戦争の部を取り上げていきましょう。日本語版では、文春文庫の第二巻に該当します。

英訳版を見る前に。日本語オリジナル版を振り返りましょう。

物語がいよいよ日清戦争の段に入っていく時。司馬遼太郎氏は、以下の文章で読者を導きます。

戦争がはじまろうとしている。
いわゆる日清戦争である。

名文、と言ってよいのではないでしょうか?それまで正岡子規や秋山真之の成長物語を追っていた読者が、この二行で、いきなり、キリリと、「ついに本当の戦争の話になるのだ」と引き締まるのです。物語も、ここから、伊藤博文や川上操六といった、指導者レベルの人々の動向も交えて描写されるようになり、スケールがいっきに、大きくなるのです。

この名文は、英語版ではどう表現されているか、見てみましょう。

War was in the air.
The war we know as the First Sino-Japanese War of 1894-1895 was just getting underway.

こちらはこちらで、見事な訳と、感心してしまいました。”War was in the air“には、痺れますね。いかにも英語らしい表現なのに、ちゃんと、原文の簡潔丹精さも継承している。

この”in the air”という表現を追ってみましょう。調べれば調べるほど、かなり多様なニュアンスを込めている表現と言えそうです。たとえば、こんな用例があります。

Dust in the air.

これは、ストレートな表現。空気中に漂う、埃のことです。これが、少し、比喩的な表現になってくると、

Something mysterious is in the air.

「何やら神秘的な雰囲気が漂っている」。こうなってくると、なんだか文学的で、うまく使いこなしたら格好いい表現ですね。

Feel the tension in the air.

「緊張が張り詰めているのを感じる」。これも、ぜひ、使いこなしたい表現です。

こうしてみると、”in the air”は、「何かが気配として漂っている」というニュアンスのように思えますが、ここからが言葉の面白いところで、まったく反対に、「現実的でない」という意味に使われることもあります。たとえば、

The plan is up in the air.

これは、「計画がまだ漠然としている(未定である)」という意味になり、

The plan is a castle in the air.

これは、「計画が現実的じゃない」というネガティブなニュアンス。それにしても、a castle in the air、「宙に浮いた城」というのは、日本語にある「絵に描いた餅」という表現となんとなく親近性が感じられて、とても、面白い。

【キーワード】
in the air

次回以降で、物語の主人公たちが、日清戦争という歴史のうねりにそれぞれの立場で巻き込まれていく姿を、さらに、追っていきましょう。

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トルコ=親日説の背景となったエルトゥルール号事件に『坂の上の雲』主人公達はどう関わっていたか

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、前回に引き続き、「軍艦」の章を今回も扱います。今回は、「トルコが親日国になったきっかけ」とされる、エルトゥルール号事件に、『坂の上の雲』の主人公の一人、秋山真之がどう関わっていたか、を追うことにしましょう。

まずは、エルトゥルール号事件とは何か?

1890年、時の世界の大国のひとつ、オスマントルコ帝国から、おそらく初めての正式な親善使節として、軍艦エルトゥルール号が日本に派遣されます。明治天皇にオスマン皇帝からの親書も渡し、無事、訪日日程を終えた帰途、不幸なことに、エルトゥルール号は和歌山沖で遭難し、500人以上が犠牲となってしまいました。

ところが、この不幸な事件は、むしろ遭難の後の展開が有名になります。和歌山県の大島村の村民たちが、自発的に集まり、トルコ海兵たちの救助活動にあたり、結果として、70名近いトルコ人の命を救うことに成功するのです。この美談は、本や映画にもなり、今でも、「トルコは親日」説の背景となっています。

(※「説」と断っているのは、あまり他意はありません。ただこの「〇〇は親日国」という話にはデマや都市伝説が多い上に、旧来親日国とされている国でも世代によってはコロリと日本への見方を変えることがあるので、あんまり信じすぎないほうがいい、という意味を込めています。そもそも、「親日」と言われている国へ行ったから日本人が優遇されるとか、守ってもらえるとか、そういう単純な話は現実には滅多にわけですし。ただしトルコが「比較的、日本に好意的」なのは、私もトルコ観光の際に雰囲気としては感じたところです)。

この物語の背景を知りたい方は、いい映画になっているので、こちらなどが参考になるでしょう。

さて、この事件に、実は「坂の上の雲」の秋山真之も絡んでいます。

上記の救助劇によって守られたトルコ兵たちは、日本の軍艦、「金剛」と「比叡」によってトルコに送られることになるのですが、そのイスタンブールへの航海に、若き秋山真之も乗船していたのです。おそらく、彼にとっては初めての遠洋旅行となります。

後にトルコ海軍の宿敵であるロシア海軍を打ち破ることになる、秋山真之の初めての公式外国訪問の目的地がイスタンブールであったというのは、面白い縁の深さを感じます。もっとも、『坂の上の雲』の中でのこのくだりは、あっさりと簡潔に触れられているのみです。より詳細な話を知りたい方は、こちらの産経新聞の記事などが参考になります(秋山真之がイスタンブールから正岡子規に年賀状を出した話など、『坂の上の雲』では省略されたエピソードも出てきます)。

『坂の上の雲』の中では、トルコ海軍兵たちを送還する際の船上で、秋山真之たち若い士官たちとトルコ士官の間で交流が芽生え、秋山真之たちが「日本もアジアの大国としてがんばらねば」という(いかにも明治人らしい)意識に燃える、という情景が描写されています。

「アジアにあってはトルコは凋落したり。かわって日本が立つべきなり」
と、艦上を歩きつつ、それを詩句のようにしてとなえている士官がいる。

“In Asia, Turkey has fallen. Japan should rise to take its place.” An officer paced the deck of his ship, repeating these words as if they were a poetic refrain.

もっとも、こういう気分は現代の私たちには遠い感覚になってしまっていると思います。それが、いいか、悪いか、ではなく、単に時代の状況というものがまるで変ってしまったから、といえるでしょう。そういう意味では、『坂の上の雲』という小説を読んで、明治時代の青年たちが「日本の近代化のために」という目標に純真に集中している姿に共感をしたとしても、大事なことはそのあとに、「でも、自分の場合は、このように情熱を傾けられる対象はなんだろうか」と自問することなのかもしれません。

『坂の上の雲』作品内における、トルコ士官との交流のエピソードはとても短く終わってしまいますが、トルコ側のキャラクターのセリフとして、以下のような「ロシアとの比較」が登場するのは、物語後半の伏線、といえるでしょう。

(トルコ人士官との交流を通じて坂本大尉は)たとえば農夫の出身でも首相の位置にのぼることができるが、首相の職は世襲できない。この点、トルコの社会は日本とよく似ており、いわば無差別社会である、などということを知った。
「この点、われわれはロシア帝国よりはすぐれている。ロシアは貴族以外の階級の者は士官になれないが、トルコではたれでも一定の能力があれば士官になれる」

So, for example, a man of peasant birth could rise to be prime minister but could not that position on to his son. In this regard, Turkey was similar to Japan, where there was also no discrimination on the basis of class. All this and more Sakamoto learned from his conversations with the officers. As one of them put it,
“We’ve superior in this respect to the Russian empire, There no one but a real ability can become an officer.”

【キーワード】
In this regard, A is similar to B:「この点については、AはBと似ている」

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