秋山好古と山県有朋の会話場面から明治軍人の「意見具申」の在り方を英語で学ぶ

ついに英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回は、フランス留学時代の秋山好古が、ヨーロッパ視察中の山形有朋と会い、若輩ながらも勇気をもって意見具申をする場面をとりあげます。

まだ陸軍の大御所である山県に名前も覚えられていない段階の秋山好古が、「日本陸軍はドイツ式の乗馬術を採用しようとしているが、それはやめて、フランス式を採用すべきである」という意見を具申することで、目にかけられるきっかけを作る場面となります。若い世代の中から優れた人材を見つけ、その人材にある分野の研究を一任してしまう、というのが、司馬遼太郎の紹介する「明治国家の組織のやり方」なわけですから、この邂逅で「騎兵の研究は、秋山好古がやっている」という認識が山形有朋の中に刷り込まれるのは、とても大事な場面、といえるわけですが。

山形有朋と秋山好古の最初のやり取りは、以下のように描写されます。

「君は、たれかね」
好古は、不動の姿勢をとった。
「陸軍騎兵大尉秋山好古であります」
ありますという軍隊用の敬語は、ふつうの日本語にはないが、長州弁にだけはそれがあって、山県が正式の軍隊語としてそれを採用したと好古はきいている。

「〇〇であります」という軍隊語のルーツが長州弁、というのも率直な驚きですが、この日本語、さぞかし、英訳しにくいところだったでしょう。英訳版では、どうしたかというと、

“And who are you?”
Yoshifuru stood at attention. “Army Cavalry Captain Akiyama Yoshifuru, sir!” He employed a humble verb form not found in standard Japanese but used in the Choshu dialect. It had been introduced as standard army usage by Yamagata himself, Yoshifuru remembered hearing.

さすがに、「〇〇であります」という言葉遣い云々の詳細を説明する余裕はなかったようで、上記のとおり、あっさりと訳されてしまいました。

この後、秋山好古が、山県有朋の随行将校に許可をとった上で、意見を述べるところが、以下。

好古は、この社会でいう不動の姿勢をとった。騎兵ズボンの腰がはちきれるほどに肉がつきはじめている。
「申しあげたい結論は、馬術という一点においてはドイツ式が欧州馬術会の定評になるほどに欠陥があり、フランス乗馬術がきわめて優越性に富んでいる、ということであります」
といった。こういう、結論から意見を出発させてゆくという方式も、メッケルが日本陸軍におしえたところであった。

Yoshifuru stood at attention. His thighs were so well fleshed that his cavalry trousers seemed about to split at the seams. “What I want to say, sir, is that, with regard to horsemanship, the German style is known throughout Europe for being flawed, while the French style is much superior in quality. That is all, sir.” This method of starting from the conclusion was one that Meckel had taught the Japanese military.

日本陸軍の近代化に絶大な影響を与えたドイツ軍人メッケルの教育が、上官に対する報告のコトバ使いにまで好影響を与えていた、とするくだりです。結論を先に、てきぱきと述べる。この癖は、明治軍人のメソッドというのみならず、現代のビジネス世界でも見習いたい癖ですね。

ちなみに、繰り返されるStand at attentionは、「直立不動の姿勢」、すなわち、号令でいう「気をつけ!」のことです。あわせて、覚えてしまいましょう。

【キーワード】
stand at attention=「気をつけ(の姿勢で立つ)」

と、格好よくアピールできたはずの、秋山好古。この直後に、山形有朋にフランス軍の高官たちへのお土産を渡すお使いを頼まれたところ、汽車の中で泥酔してしまい大失敗をしてしまいます。もっとも、それを受けた山県も、「この後はその手の雑務は任さないようにした」くらいのペナルティで収めてくれたようで。

この「山県有朋のお使いで大失敗をした」という話は、秋山好古の伝記でも語られているエピソードなので、どうやら司馬遼太郎氏の創作ではなく、若いころに本当にあった事件のようです。好古の豪快豪放さも凄いが、なんとなく、それを許容している明治陸軍組織の雰囲気というのも、凄い。

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