英語版『坂の上の雲』の「七変人」の章からeccentricの用法を学ぶ

前回は秋山好古の若き日の情景を追いましたが、続く章、「七変人(seven eccentrics)」では、大学予備門の学生生活を謳歌する、秋山真之と正岡子規の青春の情景が描かれます。今回は、この章を見ていきましょう。

同じ下宿に住まい、将来は「一緒に文学をやろう」と語らいながら、自由奔放な日々をのびのびと楽しむ、真之と子規。やがてこの二人のうちの片方は、日露戦争で心身をすり減らす激務に巻き込まれること、もう片方は死病に文字通りもがき苦しみながら早世することを知っている読者としては、どうにも、まなじりが熱くなってしまうパートです。

章題の「七変人」は、英語版ではseven eccentricsと英訳されています。

大学予備門の生活は、子規にとって快適であった

Life as a student in the Preparatory School was very pleasant for Shiki.

そういうなかで、子規の親友が六人あり、子規はこのなかまを「七変人」と称して得意になっていた

Shiku has six especially close friends, and he took pride in listing them with himself as “the seven eccentrics.”

子規はこの連中と娘義太夫にかよったり、下宿で牛鍋を食ったり、議論したり、なにもすることがなくなると腕ずもうをしたりした

Together with this group, Shiku would go to hear dramatic recitations given by young women, eat dinners of sukiyaki at the boardinghouse, argue about all manner of issues, or, if there was nothing better to do arm wrestle.

「エキセントリックな人」は和製英語にもなっていますね。奇矯な人、個性派な人、というような意味です。「変人」といっても、特別な才能をもった人や、アーティスト気質な人を評価する使われ方をするので、悪い意味ではありません。

この章の「七変人」という題にeccentricsという語をあてたのは、まさに、バッチリな訳語の選択、といえるのではないでしょうか!

【キーワード】
eccentric=奇矯な、個性的な

このような楽しい学生生活にも終わりが近づいてきます。秋山真之のほうが、しだいに、自分の進路に迷いはじめるのです。大学へ進む、ということは、この時代のエリート中のエリートコースであり、学者か官僚として大成することが約束されるような話。ですが、真之は、そんな生き方が本当に自分にふさわしい生き方なのかどうか、疑問をもつようになるのです。

生まれてきたからには、何かで、「日本一」になりたい。そのためには、学問や政治の世界ではなく、「まだ先人のやっていない分野がたくさん残っている」世界に入りたい。

つまり真之の心は、しだいに、兄のような軍人になる道へと、惹かれ始めているのです。しかし、大学へ進むという予定を変えることは、ともに文学をやろうと約束していた子規への裏切りになるような気がして、真之は悩みます。

結局、真之は、思い切って、兄の好古に直接、相談にいきます。

いきなり「人間というものはどう生きればよろしいのでしょう」と質問してきた弟に対する、ここでの好古の回答が、とても、いい。

『坂の上の雲』全体を支えるテーマともいえる以下のような人生観が、弟の相談に対する兄の言葉として、こう、語られるのです。

「おれは、単純であろうとしている」

“I always try to think simply.”

「人生や国家を複雑に考えてゆくことも大事だが、それは他人にまかせる。それをせねばならぬ天分や職分をもった人があるだろう」

“Certainly, it’s important to think about the complexities of human life and of national affairs, but I leave that to others. There are people who have the inborn capacity and the professional responsibility to do that.”

(自分は軍人を選んだのだから)「いかにすれば勝つかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのがおれの人生だ」

“So I keep on thinking about how we can win in a war. Thinking about that is my life.”

「人間は、自分の器量がともかくも発揮できる場所をえらばねばならない」

“A person has to choose a place for himself where he can realize his abilities, whatever else.”

これを受けて、「それなんじゃが、兄さん」と、真之は自分の想いを語り始めます。大学予備門にいてわかってきたのは、周りにいるのは天下の秀才たちばかりであり、コツコツと勉学を極めていくという点では、自分は彼らには、かなわないかもしれない、ということ。ただし、地道な努力では負けたとしても、「容量がよすぎる」という点では、真之は周りの秀才たちに負けていない、と思っていること。

「自分は容量がよすぎる(too sharp)から、学者や官僚よりも、この利発さを生かせる道があるのではないか」という真之の想いを受けて、好古は「そういうことならば」と、こう言います。

「淳、軍人になるか」

“Jun, do you want to be a military man?”

兄は陸軍へ、弟は海軍へ、という、それぞれの進路が決まった瞬間です。海軍の名参謀、秋山真之のキャリアが始まる勇ましい瞬間ではありますが、この章は、以下のような、余韻を残す印象深い文で、閉じられます。

子規の顔が、うかんだ。おもわず涙がにじんだ。

Shiki’s face came to mind. He could not keep his eyes from becoming wet with tears.

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