英語版『坂の上の雲』の書き出し分析続き:「日露戦争というひやりとするほどの奇蹟の演出者たち」部分について

英語版( Clouds Above The Hill ) が出版された、司馬遼太郎の人気小説、『坂の上の雲』。前回に続き、書き出し~第二章までの、物語全体の導入部を見ていきます。

NHKのドラマ版では、オープニングに、以下の部分が使われておりました。

小さな。といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

この小さな、世界の片田舎のような国が、はじめてヨーロッパ文明と血みどろの対決をしたのが、日露戦争である。その対決に、辛うじて勝った。

まだまだ新興の日本が、西欧帝国主義の大国のひとつ、ロシアを、「ダビデがゴリアテを倒したごとく」ひっくり返した。その秘密を、明治に生きた様々な群像に迫ることで描いてみよう、というのが、『坂の上の雲』のテーマです。この部分は、英訳では、こうなっています。

Small. There was perhaps no other country as small as Japan at the start of the new Meiji period.
(小さい。この明治時代の開始時点の日本ほど小さい国は、他になかっただろう)

This small nation, a rural backwater by world standards, had its first bloody struggle with a European civilization in the Russo-Japanese War. It managed somehow to win that struggle.
(この小さな国、世界の標準から見れば田舎とみられるべき国が、ヨーロッパ文明と初めて戦ったのが日露戦争だった。どうにか、この戦いに勝った)

さらに、小説はこう続きます。

いまからおもえば、ひやりとするほどの奇蹟だといっていい。その奇跡の演出者たちは、数え方によっては数百万もおり、しぼれば数万人もいるであろう。しかし小説である以上、その代表者をえらばねばならない。

From our perspective today, their achievement seems like an awe-inspiring miracle. The men who worked that miracle could perhaps be counted in the millions or, more narrowly, in the tens of thousands. But, since this is a novel, we must choose a much smaller number of representative.
(今日の視点からすると、この達成はまるで畏敬の念を起こさせる奇蹟といっていい。この奇蹟を実現させた人々を数えると数百万になり、もっと絞れば数万になる。しかし、これは小説なのだから、私たちはもっと少ない代表者を選択せざるをえない)

面白い英訳を使ったな、と思った個所です。「ひやりとするほどの奇跡」を、an awe-inspiring miracleとしています。これを日本語に訳し戻すと、「畏敬の念を起こさせる」ないし、「日露戦争を勝利に導いた明治時代の日本人たちに、襟を正す思いになる」というような感じでしょうか。もっとも、これでは、もとの原文がもっている「薄氷を踏むような」というニュアンスが弱まっている気がしますので、この訳はちょっと、好みがわかれるところかもしれません。

【キーワード】
awe-inspiring
=「荘厳な」「偉大な」「畏敬の念を起こさせる」「襟を正すべき」
The Russo-Japanese War=日露戦争

司馬遼太郎の筆は、
「そこで、この小説では、奇蹟の演出者の代表として、秋山兄弟を主人公に選んだ」
「兄の好古は、当時世界最強といわれていたコサック騎兵を破るという快挙を成し遂げた」
「弟の真之は、これまた当時世界最強といわれていたバルチック艦隊を破る作戦を立て、日本海軍を勝利に導いた」
「この兄弟がいなければ、日本はどうなっていたか、わからなかった」
と進みます。物語の導入として、読者の期待を膨らませる展開で、胸躍ります。

続いて、小説は、東京に出て士官学校に入った秋山好古が「騎兵」という兵科に熱中していく様を描写していきます。次回はその章を見ていきましょう。

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