『坂の上の雲』の書き出し分析続き:「松山出身の三人の主人公のひとり(秋山真之)」はどう英訳紹介されたか?

ついに英語版( Clouds Above The Hill ) が出版された、司馬遼太郎の人気小説、『坂の上の雲』。

名場面や名セリフがどのように英語訳されたかを追うこの企画ですが、前回に続き、「この物語の三人の主人公」の紹介部分の英訳分析を、続けましょう。

正岡子規、秋山好古の次に登場する三人目の主人公は、秋山(淳五郎)真之です。

その少年時代の描写、

──淳は歌よみか俳諧づくりになるのではないか。
と、父親の久敬はそうみている。言葉を記憶する能力や鋭さが、七、八歳のことから他のこどもよりもすぐれていたし、それが才分といえるのかどうか、当意即妙にとびだすようであった。

His father Hisataka thought, “Jun’ll grow up to be a waka or haiku poet.”
From the age of seven or eight, Saneyuki had a memory for words and skill in using them that far surpassed other children’s. The words just popped right out of him, as if by natural gift.

もともと司馬遼太郎の文章は、ここでも「才分」や「当意即妙」といった言葉が平気で出てくる通り、大衆小説作家としては意外なほど、常用外の漢熟語を多用する特徴があります(それなのに「読みやすい・情景も浮かびやすい」というのが、司馬遼太郎の文の魅力なのですが!)。

そんな司馬遼太郎の文章を、ここでは見事に英訳したな、と思ったパートです。「当意即妙に言葉が飛び出す」が、the words pop out of him, 「才分」がnatural giftです。こういうやや文語調のタームが、司馬遼太郎の日本語の雰囲気をうまく英語に移植してくれています。ここは、巧い訳だなあ、と思った次第。

このあと、物語は、少年時代の真之が勉学に励んだ、松山の子弟教育の情景を描いていきます。ここでも登場するのは、当時の少年教育の根幹となっていた、漢文トレーニングの模様

解釈はない。まず先生が朗読される。すこし節のついた素読特有のよみ方で、先生によっては上体をゆすって拍子をとりながら読んでゆく。それがおわると、子供たちがそのふしのままに唱和する。

No explanations were provided. The teacher would read the text aloud in a rhythm peculiar to this style of reading the classics. Some teachers would sway their torsos in time to the rhythm. When the teacher had finished, the pupils would read the passage in the same rhythm in chorus.

解釈はいっさいなかったが、毎日このようにして朗読していると、漢字の音の響きが子供心にも美しいものとしてわかってくる。意味もおぼろげながらわかるようになるものらしい。

No explanation of the text was given, but as they read aloud day after day, the pupils came to feel the beauty of the traditional Japanese reading of classical Chinese. The sense of the text also seemed to come through, in a vague sort of way.

個人的に、明治時代の士族子弟達に語学達人が多かった理由のひとつと推測しているのが、この「漢文の素読」というトレーニング方法。古典名文のまる暗唱から入っていく、という教育方法で、これをやっていたことが、正岡子規にせよ秋山真之にせよ、のちに「言葉の達人」として大活躍をするベースになったのではないかなと。

これに影響されて、私も、外国語をやるときは、英語の場合はシェイクスピア、スペイン語の場合はセルバンテスと、できるだけその言語の中で「古典的名作」と愛されているものを素読する癖をつけております。もちろん、シェイクスピア時代の英語は現代の英語と語彙も文法も少しずつ違うので、現代英語の直接の勉強にはなりませんが、「どういうリズムを、英語圏の人は、美しいと感じるのか」を理解するには、古典のリズムを音楽的に自分も発声してみるにかぎります。

【キーワード】
to read aloud=「声に出して読む」「朗読する」

実際、私の場合、この「勉強中の言語の古典的名作を、音楽的に朗誦してみる」は、かなり効果がありました。お時間がある際にぜひ、試してみては?

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