アルゼンチンタンゴ初心者にこそ、むしろいきなり聴いてほしい、アルテルタンゴ

アルテルタンゴが、好きです。

ですが、これほど、人に勧めるのが難しいジャンルもない。タンゴ、というだけで、日本では何やら「古めかしい」印象にとらえられてしまう。昭和のカルチャースクールな雰囲気といいますか。「モヤさま」に出てくるような下町のしょぼくれたバーにかかっているガタガタのレコードの雰囲気といいますか。おじいちゃんやおばあちゃん、せいぜいスナックの中年ママが聴いているような世界だと思われてしまいがち。

だが、そんな人たちにこそ、アストル・ピアソラもレオポルド・フェデリコも何もすっ飛ばして、二十一世紀の新世代タンゴミュージシャンたちの音を、いきなり、聴いてほしい。

特に、私の好みとしては、アルテルタンゴ(ALTERTANGO)というバンドをあげておきましょう。リズム感や、フレーズの哀愁は、間違いなく、イメージ通りの「アルゼンチンタンゴ」。なのに、なんとまあ、いかにも、「現代!」の音に洗練されていることか。

当たり前な話ではありますが、アルゼンチンタンゴも、二十一世紀の今日もなお、進化しております。そのような、「いまどきの」アルゼンチンタンゴの冒険に何かしら胸を打たれてから、次にアストル・ピアソラ、レオポルド・フェデリコと、時代を遡っていくと、アルゼンチンタンゴの「よさ」がどんどん、わかってくるのではないでしょうか?

「スペイン語・ポルトガル語圏の文学、映画、音楽に触れよう!」のトップページに戻る

『軍艦』の章の秋山真之のセリフを座右にTOEICのスコアを直前で押し上げた話

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回から扱う「軍艦」と題された章では、海軍兵学校を卒業し、いよいよ日本海軍士官としてのキャリアを歩み始める秋山真之の姿を追っていきます。

まずは、卒業の背景から。優秀な成績で兵学校に入学した秋山真之ですが、そのまま秀才で通したようで、最終的には「首席卒業」となります。ただし、学内では、

「秋山真之は勉強をせずに首席になった」

と有名になっておりました。もっとも、こういう「勉強をしていない優等生」というものは、現代でも、たまに、いるものです。私の周りにも、いました。こういう人は、友達から大いに羨ましがられるものですよね。でも、私の経験上、そういう人は、実は友達の見ていないところで、猛烈に勉強をしていたりするものなのですが。そういう人は、勉強をしていないわけではなく、ものすごく、勉強の「効率」がいいのでしょう。

実際、秋山真之の「首席卒業」の秘訣については、下級生のこのような証言が取り上げられています。

真之は過去五年間の試験問題というものをコレクションしており、そこから、出題教官の癖や思考を読み取って、「どのような問題を出すか」を事前に予測してから試験に臨んでいた、と。

下級生としては、真之自身の入校以前の時代の試験問題まで、何らかの方法でコレクションしてしまっている真之のやり方に、いささか気味悪さも感じてしまい、

「しかしそれは卑怯ではありませんか」
というと、
「試験は戦いと同様のものであり、戦いには戦術が要る。戦術は道徳から解放されたものであり、卑怯もなにもない」

“But isn’t that unethical?”asked Takeuchi.
“Examinations are like battles. You need a strategy, ant that’s got both to do with morality. It’s not a question of it being ‘ethical’ or not.”

と真之にピシャリと答えられてしまいます。

【キーワード】
ethical:倫理的
unethical:非倫理的

ちなみに、ですが、若き日の私は、『坂の上の雲』のこのくだりを読んで、「試験は戦術である」という真之の言葉に大いに感化されてしまい、それ以降、どんな試験対策でも、真正面から試験対策本をコツコツとやるのではなく、「試験ではどんな問題が出るか」をリサーチして「予測」してから臨むようになりました。

がむしゃらなガリ勉であることを「むしろ恥」と思い、勉強にも「作戦立て」と「効率的なオペレーション」の概念をもちこんだわけですね。

少なくとも、僕がこの考え方を持つようになってから、TOEICのスコアに関しては、めきめき、上がるようになりました。TOEICという試験のシステム自体を研究した上で、対策勉強をするようになったので、効率が上がったのですね。「そんなのは本質的な英語の勉強ではない」ですって?そうかもしれません。しかし、少なくとも、TOEICなどというものはスコアを社会的ステータスに利用する以上の意味合いはないと思っていますので、そういうものと割り切って、効率よく高得点に到達する「作戦」を練ってしまうのが早道では、とも思うのでした。

秋山流の試験対策に共感できるにせよ、できないにせよ、いずれにしても秋山真之という人は若い頃からそういう才人であった、という点は、おさえておきましょう。

司馬遼太郎氏の総括は、以下の通り。

真之の性格と頭脳は創造力がありすぎ、規定のことをいちいちおぼえてゆくことに適していなかった。

Too much creativity in Saneyuki’s temperament and intellect made him ill-suited to learning set, standard things, one by one.

「歴史小説『坂の上の雲』の英語版(CLOUDS ABOVE THE HILL)を読もう!」のトップページに戻る

ペルーのホラー映画『ラサルテの屋敷』の全篇に溢れる既視感には、いろいろ突っ込まずにいられない話

ペルーのホラー映画なる、これまた珍しいものを鑑賞しました。

『ラサルテの屋敷』。原題は『No Estamos Solos』。初級スペイン語学習者でも読める易しいタイトル!「わたしたちだけじゃない!」という意味。ということで、幽霊物件に引っ越してきちまったペルーの中流(家具がガンガン多いところを見ると上流??)家庭の受難譚。ゴーストハウスものでした。それにしても、いかにも頼りなさそうな風貌の旦那さんと、常識人そうなお母さんと、感受性の強そうな子という三人構成の家族が、人里離れた屋敷やらホテルやらに閉じこもって生活するとロクなオチにならないのは、東西かわらぬホラーオカルトの定石のようで。。

弱点としては、せっかくスペイン語の勉強をしたくて字幕なしでトライしているのに、「おどかすための効果音(バーン!とかドーン!とか、キュイングルルグルルグギャキイイン!とか)」があまりにうるさくて、セリフを聞き取ろうとする集中力が破られっぱなしだったことでしょうか。このような映画でスペイン語をトレーニングしようとする私が悪いのですが、、。

まじめにホラー映画として観た場合、せいぜい80分弱という短めの作品なので、金曜の夜にビールでも飲みながら見るにはちょうどよい軽さ、という利点はあります。「ありがち」な映画ではありますが、つまらないわけではないので。特に「ペルーの家庭」という珍しいものが見られるので、非英語圏の映画が好きな人には大満足なはず。

しかし、本作品をまじめに見ようとすると、どうしても、突っ込みたくなる箇所がちらほら。

・子供がベッドの下を覗く→何もいない→ほっとして顔をあげるとバーン!→ちょっとタイミングをずらして、ピエロの人形で驚かされる。(「ポルターガイストじゃないか!」)

・神父さんが登場して、幽霊に取りつかれたお母さんをベッドに縛り付けて、聖書の言葉を語り掛け、聖水を振りかけながら悪魔祓いに挑む。(「エクソシストじゃないか!」)

という感じで、ハリウッドの有名ホラー映画とそっくりな構図やギミックがどんどん出てくる。既視感がバリバリありすぎて、いちいち、「あー、ここは、あの映画のあのシーンを参考に作ったんだな」と思ってしまい、集中して怖がれない(!)。やはり、ビールを片手に突っ込みながら見るのがちょうどいい映画ですね。もっとも、結局ラストが消化不良でシリキレなのが、なんともなぁ。

「スペイン語・ポルトガル語圏の文学、映画、音楽に触れよう!」のトップページに戻る

英語版『坂の上の雲』の「ほととぎす」の章から、正岡子規発病のくだりを英文で読む

英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回は、正岡子規が死病におかされていることが判明し、逆にそれをもっていわゆる文人「正岡子規」が誕生する、その場面を追っていきます。

明治二十二年、正岡子規は高等中学の寮を出て、本郷にある旧松山藩の学生寮、「常磐会寄宿舎」に移ってきています。この前年の夏に鎌倉の路上で吐血をして以来、どうも体調がすぐれなかった子規。喀血が続くため、ようやく医者に診せたところ、以下の宣告を受けることになってしまいます。

「肺がおかされている。肺結核だな」
子規はつとめて驚きをあらわさず、むしろ無表情に、ああそうですか、とうなずいた。それがこの時代のひとびとの表情の習慣であった。

“Your lungs are infected. You have tuberculosis.”
Shiki did his best not to show surprise. “Oh, really?” he said, nodding but not changing his facial expression. That was the custom of the people of the time.

つとめて動揺を見せない、という、この時代の人々の徳義を、do his best not to show surprise(驚きを見せないようベストを尽くした)としてしまうのは、翻訳でちょっとニュアンスが変わってしまっているところですが、このような微細なロスト・イン・トランスレーションはどうしても避けられないものですね。。。

子規はさすがに衝撃をうけた。しかしその自分の衝撃と悲痛さを他人のそれであるかのように客観視してながめる頸さをこの男はもっていた。

Shiki himself was shocked. Even so, he had the strength of character to be able to look objectively at his own shock and pain as if they were someone else’s.

喀血二日目に、子規は、帰郷する同郷人にあてて、以下のような凄絶な和歌を詠みます。

ほととぎす ともに聞かんと 契りけり
血に啼くわかれ せんと知らなば

We vowed to hear
the song of the little cuckoo together
not knowing that our parting
would be sung
in blood

「ほととぎす」。 杜鵑、時鳥、不如帰、子規、などとかく。和名では「あやなしどり」などと言い、血に啼くような声に特徴があり、子規は血を喀いてしまった自分にこの鳥をかけたのである。子規の号は、このときにできた。

明治を代表する文人の一人、正岡子規、誕生の段となります。それにしても、上記のような漢語だらけの文章を、英語版ではどのように英訳してみせたのかというと、ここは、以下のように、あきらめて説明調で通しておりました。

There are various terms for the cuckoo in both Chinese and Japanese, among them the Japanese word hototogisu. It is known for its intense-sounding cry, “bleeding as it sings,” as the idiom goes. Shiki, who was then coughing up blood, used this as a metaphor for himself, and, in fact, “Shiki”, the literary sobriquet we have been using all along, is another way to read the character for hototogisu. His use of this name actually dates from this time.

このあたりの、文学的な話題が多い章では、英訳者の苦心惨憺ぶりがうかがえる「必死の英訳」がたくさん見られます。この「ほととぎす」の章は特に難渋したものと推測されます。

最後に、キーワードをまとめておきましょう。

【キーワード】
lung(s) : 肺
tuberculosis(テュバキュロシス) :肺結核
little cuckoo :ほととぎす

「歴史小説『坂の上の雲』の英語版(CLOUDS ABOVE THE HILL)を読もう!」のトップページに戻る

世界のGDPを「主要言語」で分類する=「どの言語が経済的に優勢か?」

外国語学習者にとって、どうしても気になるのは、自分の勉強している言語が、どれだけ世界で話されているか。

本ブログでも、「実用のことは気にしない」と言い続けておきながら、

やはり、たまには、気になるので、、、

休日にネットでいろいろな統計数値を見ていて、ちょいと、この疑問を整理してみましたので、以下にて、ご紹介です。

各言語の「話者の人口」については、ネットにたくさん、データがありますが、今日、私がやってみたのは、「世界各国を主要言語ごとに割り振って、それぞれのGDPを足し上げてみよう」というもの。

つまり、「話者人口」でいうならば、英語が圧倒的で、中国語、スペイン語、アラビア語が強いことは、だれでも予測できるのですが、

「その言葉を主要言語としている国の経済力」で見た場合、アラビア語やスペイン語は後退して、ドイツ語やフランス語やイタリア語といった西欧の言葉が一気に上位にくるハズ!という仮説での試みです。

難しいのは、何をもって「その国の主要言語」と判定するか、ですが、これは、スイマセンが、私の主観でかなり決めさせていただきました。中国と台湾は、四の五のいわず、まとめて「中国語圏」ということに。インドやジャマイカは事実上の「英語圏」ということに。ベルギーのように、オランダ語とフランス語が拮抗(というかガッツリ対立)している国については、私の主観で、どちらかに割り振りさせていただきました(こういうのは政治的な問題があり申告なので、どちらに割り振ったかは秘密にします、、!)。

2017年の実質GDPで割ってみたところ、まず最初に、普通に「各国別」で割った場合が、これ。ご存知の通り、アメリカ、中国、日本、ドイツ、フランスと並びます。

これを、国別、ではなく、主要言語別、で振り分けてみましょう。

こうなります。英語が一気に強力になりました!中国語、日本語の相対的な地位はそんなに変わらない。スペイン語が好きな私にとってうれしいことには、この区分にすると、スペイン語が「世界第四位の強力言語」ということになってしまうこと!しかも、ラテンアメリカをかかえている以上、これから伸びしろがあるのも魅力ですね。

そして、私としては、スペイン語とポルトガル語とイタリア語はできるだけ平行で勉強しているところ(かつ、そのように人にも勧めているところ)。この三か国語は似ているので、一緒に覚えやすいのです。この私の理論をあてはめて、スペイン語・ポルトガル語・イタリア語を、ひとつの言語圏だとみなした場合は、こうなります。

スペイン・ポルトガル・イタリア語が第三位につけました。

だからなんだ? と言われればそれまでなデータですが、少なくとも、スペイン語にはまだ未来がある、何かこれからもやってくれそうな言語である、という気にはさせてくれるデータとなりました。この表を机の前に張り出して(?!)、これからもスペイン・ポルトガル・イタリア語の三か国語への学習モチベーションを盛り上げていこうと思います!

コロンビアのホラー映画『スクワッド 荒野に棲む悪夢』は快作になるまであとわずか数センチメートルの怪作だった話

とにかくいろんな国のスペイン語に触れてみたい一心と、

生来のホラー好きが重なりまして、

ラテンアメリカ発信のホラー映画と聞くと、食指が動いてしまう私。

今回は、これまた珍しい、コロンビアのホラー映画を鑑賞しました。

※ちなみに、な愚痴ですが、本作のデータを調べようとネットで「コロンビアのホラー映画」と検索したら、アメリカのコロンビア映画社関連のページばかりに誘導されるのは、なんとかならないものか、、。

ストーリーとしては、対ゲリラ戦闘中の陸軍の小部隊が(この設定自体、いかにも、コロンビア、ですが、、!)、霧に包まれた山中で身動きがとれなくなっているうちに、一人また一人と、「ナニモノカ」の犠牲になっていく、というもの。

映像の上でも、ストーリー上でも、説明的な部分がまったくない。結局、彼らを襲っていたものがなんだったのか、曖昧なまま。いやそもそも、超常現象的なことは何もなく、すべてが彼らの妄想による同士討ちだったのかもしれない。そういう意味では厳密にはホラーではないのかもしれない。そんな不思議感覚に誘われる作品です。面白いか、面白くないか、と言われると、、、ううむ、よくわからないw。映像や照明の当て方にものすごく凝っていて、それなりに最後まで興味深く見てしまったけれども、面白いかというと、あとほんの数センチ、何かが足りない。撮り方が面白いので、よほど映画が好きな人なら、「そうきたか」「そう撮ったか」と呟きながら楽しめるでしょう。

個人的に気になったところとして、この映像感覚、なんだか、既視感があると思っていたのですが、、、

霧の向こうにかすかに見える影とか、屋内での光と物陰のコントラストとか、、、

見終わって、しばらくして、気づきました。日本のホラーゲーム、『サイレントヒル』の雰囲気に似てる!別にどちらかが似せたとかいう話ではなく、霧に閉ざされた廃墟というシチュエーションが必然、似た感じにさせちゃった、ということなのでしょうが、

言われてみると、「主人公の妄想なのかどうかも曖昧」という雰囲気そのものについても、どこか、本作と「サイレントヒル」は似ているのではないかしら、などと、思ったのでした。

「スペイン語・ポルトガル語圏の文学、映画、音楽に触れよう!」のトップページに戻る

アルゼンチンのホラー映画『テリファイド』に、どこか懐かしいJホラーの薫りを嗅ぎ取った話

スペイン語の勉強をしていると、たまに、こういう掘り出し物に出会えるから、嬉しくなります。やはり、外国語の勉強というものは、やっておくものですね。日本語でも英語でもない第二外国語・第三外国語をやる喜び—それはつまり、日本語圏でも英語圏でもない地域のサブカルチャーを漁色する楽しみにつながるわけです。それにしても、まさかまさか、アルゼンチンのB級ホラー映画なる領域で、懐かしいJホラーのテイストに出くわすとは、思ってもみなかった。


ブエノスアイレスの住宅街を突如襲う、怪事件の連続。排水口から聞こえる謎のうめき声とか、突然動き出す椅子だとか、壁の向こうから響いてくる「ドン、、、ドン、、、」という一定周期の謎めいた低音だとか。いわゆるポルターガイスト現象を扱ったオカルト系かと思わせておいて、からの、露骨なモンスターが「バーン!」とばかりに突然出てくるショック。いやもう、お化け屋敷のコワ楽しさ、そのままです。子供の死体のくだりだけ、あまりにグロテスクで、ワビサビを好む日本に生まれた人間の心情からすると、ちょっと、きつかった。

でも、これはもう、見れば見るほど「『リング』やら『呪怨』やらを徹底研究してくれたのでは?」と邪推するほど、どこか懐かしいJホラーのテイストが満載。最近、この手の、「音でビビらせる」「カメラの視界の外からの『バーン!』な写りこみでビビらせる」ギミックが日本映画では流行らなくなっていたので、その手の手法がアルゼンチンの若い監督に継承されていた、というのは、なんとも嬉しいかぎりなのでした。

私自身は、アルゼンチンのスペイン語のリスニング訓練をしたくて、字幕なしで鑑賞チャレンジした映画。みなさん、かなりの早口で、スペイン語のリスニングにはなかなか苦戦しましたが、セリフを半分くらい理解できなくても、ストーリーを楽しむ上では、特に支障のなかった(!)映画体験となりました。

「スペイン語・ポルトガル語圏の文学、映画、音楽に触れよう!」のトップページに戻る

秋山好古と山県有朋の会話場面から明治軍人の「意見具申」の在り方を英語で学ぶ

ついに英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回は、フランス留学時代の秋山好古が、ヨーロッパ視察中の山形有朋と会い、若輩ながらも勇気をもって意見具申をする場面をとりあげます。

まだ陸軍の大御所である山県に名前も覚えられていない段階の秋山好古が、「日本陸軍はドイツ式の乗馬術を採用しようとしているが、それはやめて、フランス式を採用すべきである」という意見を具申することで、目にかけられるきっかけを作る場面となります。若い世代の中から優れた人材を見つけ、その人材にある分野の研究を一任してしまう、というのが、司馬遼太郎の紹介する「明治国家の組織のやり方」なわけですから、この邂逅で「騎兵の研究は、秋山好古がやっている」という認識が山形有朋の中に刷り込まれるのは、とても大事な場面、といえるわけですが。

山形有朋と秋山好古の最初のやり取りは、以下のように描写されます。

「君は、たれかね」
好古は、不動の姿勢をとった。
「陸軍騎兵大尉秋山好古であります」
ありますという軍隊用の敬語は、ふつうの日本語にはないが、長州弁にだけはそれがあって、山県が正式の軍隊語としてそれを採用したと好古はきいている。

「〇〇であります」という軍隊語のルーツが長州弁、というのも率直な驚きですが、この日本語、さぞかし、英訳しにくいところだったでしょう。英訳版では、どうしたかというと、

“And who are you?”
Yoshifuru stood at attention. “Army Cavalry Captain Akiyama Yoshifuru, sir!” He employed a humble verb form not found in standard Japanese but used in the Choshu dialect. It had been introduced as standard army usage by Yamagata himself, Yoshifuru remembered hearing.

さすがに、「〇〇であります」という言葉遣い云々の詳細を説明する余裕はなかったようで、上記のとおり、あっさりと訳されてしまいました。

この後、秋山好古が、山県有朋の随行将校に許可をとった上で、意見を述べるところが、以下。

好古は、この社会でいう不動の姿勢をとった。騎兵ズボンの腰がはちきれるほどに肉がつきはじめている。
「申しあげたい結論は、馬術という一点においてはドイツ式が欧州馬術会の定評になるほどに欠陥があり、フランス乗馬術がきわめて優越性に富んでいる、ということであります」
といった。こういう、結論から意見を出発させてゆくという方式も、メッケルが日本陸軍におしえたところであった。

Yoshifuru stood at attention. His thighs were so well fleshed that his cavalry trousers seemed about to split at the seams. “What I want to say, sir, is that, with regard to horsemanship, the German style is known throughout Europe for being flawed, while the French style is much superior in quality. That is all, sir.” This method of starting from the conclusion was one that Meckel had taught the Japanese military.

日本陸軍の近代化に絶大な影響を与えたドイツ軍人メッケルの教育が、上官に対する報告のコトバ使いにまで好影響を与えていた、とするくだりです。結論を先に、てきぱきと述べる。この癖は、明治軍人のメソッドというのみならず、現代のビジネス世界でも見習いたい癖ですね。

ちなみに、繰り返されるStand at attentionは、「直立不動の姿勢」、すなわち、号令でいう「気をつけ!」のことです。あわせて、覚えてしまいましょう。

【キーワード】
stand at attention=「気をつけ(の姿勢で立つ)」

と、格好よくアピールできたはずの、秋山好古。この直後に、山形有朋にフランス軍の高官たちへのお土産を渡すお使いを頼まれたところ、汽車の中で泥酔してしまい大失敗をしてしまいます。もっとも、それを受けた山県も、「この後はその手の雑務は任さないようにした」くらいのペナルティで収めてくれたようで。

この「山県有朋のお使いで大失敗をした」という話は、秋山好古の伝記でも語られているエピソードなので、どうやら司馬遼太郎氏の創作ではなく、若いころに本当にあった事件のようです。好古の豪快豪放さも凄いが、なんとなく、それを許容している明治陸軍組織の雰囲気というのも、凄い。

「歴史小説『坂の上の雲』の英語版(CLOUDS ABOVE THE HILL)を読もう!」のトップページに戻る

フランス留学時代の秋山好古の目を通して「世界史上の四人の天才騎兵使い」のことを英語で学ぶ

ついに英訳版が出版された、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』。
その物語を追いながら、名セリフや名場面がどのように英訳されたかを勉強していくこの企画ですが、今回は、軍事史好きや世界史好きにはたまらないくだりに入っていきます。

前回紹介した通り、実り豊かなフランス留学生活を送る、秋山好古。そんな中、彼は面白い出会いに恵まれます。フランス陸軍きっての博学な老教官と出会い、この人から徹底的に、ヨーロッパにおける「騎兵」の歴史を物語として教え込まれるのです。

この、フランス人老教官と、若き日の秋山好古の対話が、めちゃくちゃ、面白い!

そもそも、何を隠そう、この私自身と『坂の上の雲』との長い付き合いの始まり自体が、この場面をきっかけにしているのです

このブログでも何度か述べてきた通り、私が『坂の上の雲』のファンになったのは、十代の高校生の時でした。人に勧められるままに第一巻を読んでいて、このくだりに差し掛かった頃から、「三国志」やら「信長の野望」やらのおかげでもともと歴史好きであった十代の私の心は燃え始め、そして、すっかり、『坂の上の雲』にハマってしまったのです。

このフランス人老教官が、世界史上には「四人の天才的な軍事指揮官がいた」と述べ、騎兵というものを本当に効果的に使えたのは、その四人だけだった、と説明するあたりから、十代の男子高校生の心が燃える話ばかりになります(以下、女子にはついてきにくい話になります、あしからず、、、)。

かれはその四人の名前をあげた
モンゴルのジンギス汗
プロシャのフレデリック大王
フランスのナポレオン一世
プロシャの参謀総長モルトケ

In his list he named the Mongol Genghis Khan, Frederic the Great of Prussia, Napoleon I of France, and Moltke, chief of the General Staff of Prussia.

世界史が好きな一人の男子高校生が、この部分を読んで、「この四人をよくぞ選んでくれた!」と膝を打って喜び、そのまま文庫で全八巻の大河小説を読み切って、読書好きになってしまったのです。それくらいのインパクトがある「グッドチョイス」だと思うのですが、、、いかがでしょう?!

ともかく、なぜこの四人が重要なのか、フランス老教官の話をもっと追っていきましょう。

老教官にいわせると、天才的戦略家のみが騎兵を運用できるのだ、騎兵の不幸はそこにある、という。

In the professor’s view, only a strategist of genius could direct the cavalry, and that was the cavalry’s great misfortune.

「古来、騎兵はその特性どおりにつかわれた例はきわめてまれである。中世以後、四人の天才だけが、この特性を意のままにひきだした」

“Throughout history, the cavalry has only rarely been used in a way that takes advantage of its unique capacities. Since the Middle Ages, there have been only four commanders of genius who have been able to do that.

老教官にいわせると、騎兵は歩兵や砲兵とはちがい、純粋の奇襲兵種であり、よほど戦理を心得、よほど戦機を洞察し、しかもよほどの勇気をもった者でなければ、これはつかえない。

The professor’s view was that, unlike the infantry and artillery, the cavalry was a purely offensive force and could be effectively used only be someone who fully understood the principles of warfare, could discern the time to strike, and had the courage to do so.

中央アジアの大草原で、あるいはヨーロッパの大地で、大騎兵集団を動かしているこうした「世界史上のビッグネーム」のことを思うと、ロマンに胸が熱くなるのは十代の頃の私だけではないはず。「十代の頃の」「十代の頃の」としつこく書いている通り、大人になっちまった今の私はそんな昔の青臭い感慨には二度と浸れない、という悲しさもあるのですが(IT企業のサラリーマンだし、、)、初めてこの本を読んだ時の感情を懐かしさを込めて思い出しながら、今回の記事を書いた次第です。

【キーワード】
チンギス・ハン: Genghis Khan
フリードリヒ大王:Frederick the Great
ナポレオン:Napoleon
モルトケ :Moltke

もっとも、いまさら気づいたのですが、この四人のチョイス、よくよく見るとモルトケだけ、通好みで、なんだかちょっとシブいチョイスだな。。。

なにはともあれ、フランス陸軍の古参教官から、こんな楽しい歴史講釈を聞けた、秋山好古。しかし、さすがは明治軍人、ここで「ヨーロッパはすごいですね!」と引き下がるのではない。「先生はフランス人だから、アジアのことはご存知ない。騎兵運用の天才なら、たとえば日本にも二人います。それを加えて、世界の六大天才と言わねばならない」と、格好のいいことを言ってくれます。そこで好古がフランス教官に紹介するのが、源義経(鵯越の戦い)と織田信長(桶狭間の戦い)で、これを聞いたフランス人教官がやけに感心して、「そうか。今後からは、世界の六大天才ということにしよう!」と言ってくれるのが、これは小説上の演出とわかっていながらも、とても嬉しく感じてしまう、楽しいシーンなのでした

⇒次の記事へ

「歴史小説『坂の上の雲』の英語版(CLOUDS ABOVE THE HILL)を読もう!」のトップページに戻る

英語版『坂の上の雲』から、「日本騎兵の父」秋山好古のフランス留学の日々を読む

前回紹介した通り、日本陸軍がドイツ陸軍を模範としていく方針の中で、秋山好古についてはドイツ留学ではなく、フランスへの留学が決まってしまいます。

もっとも、結論としては、このフランス留学は好古にとってとても実りが大きいものとなります。のちに好古は、少なくとも馬術に関してはフランス流こそが日本が学ぶべきものだと考え、その旨を陸軍内で提案していくほどになっていきます。

今回からは、その好古のフランス留学生活を、また日本語版・英語版比較をしながら、見ていきましょう!

まず金銭面についてですが、これは、かなりの苦労を強いられた様子です。小説での描写は以下のようになっています。

途中、「秋山がパリで窮迫しているらしい」というつわさが本国にきこえた。同時にこの留学で好古の騎兵研究が飛躍的にすすんでいるといううわさもきこえ、「日本の騎兵は、秋山大尉の帰国によってはじめて騎兵らしくなるだろう」という期待ももたれていた。

Midway thorough his stay, the rumor that he was living in straitened circumstances in Paris reached Japan, along with the rumor that his cavalry studies were progressing by leaps and bounds. “Japan’s cavalry will become a cavalry in more than name only after Captain Akiyama’s return” — this was the expectation.

日本本国からの期待の高さに比べると、金銭面で窮迫、というのは、一聴すると、アンバランスな話に思えます。ですが、これは自分で馬を飼っておかねばならない騎兵将校という役柄上の辛さと、好古本人のお酒の付き合いの多さのせいもあってのことのようなので、一概に留学費の支給が少なかった云々というわけでもないようですが。

なお、戦史に詳しい方は、こういう歴史小説でMidwayという単語が出てくると、どうしても「あの」ミッドウェイのことを思い出してしまうのではないでしょうか。太平洋戦争のターニングポイントとなったミッドウェイ諸島ですね。ミッドウェイの戦い自体も深堀りすれば実にいろいろな教訓が出てくる題材なのですが、「坂の上の雲」を扱うこの記事では、そちらには脱線しないようにして。日本の戦史好きにはとても覚えやすい英単語、Midwayの本当の用法のほうを、せっかくだから覚えておきましょう。

【キーワード】
Midway:「途中で、中間で」
”Midway through the race”=「レースの途中で」
“The midway point of the project”=「プロジェクトの中間点」

それにしても、金銭的に窮迫していたとはいえ、生来のお酒好きの好古にとって、「現地のフランス軍人たちとのお酒の付き合いが多かった」というのは、なんだかとても楽しそうな!

さて、その好古がフランスで研究していたのは、別の回でも説明した「重騎兵」「軽騎兵」「竜騎兵」という兵科のうちの、特に「軽騎兵」の運用に関して、でした。

ヨーロッパの騎兵にはいろいろの種別があるが、日本陸軍はその実情(経済的理由がおもだが)からして軽騎兵のみが採用されていた。

There were various types of cavalry in Europe, but the Japanese Army made use only of the light cavalry for practical reasons, economics most important among them.

日本はこの軽騎兵しか採用する能力がなかったが、しかしそれだけに課題は複雑で、この軽騎兵に他の重騎兵や竜騎兵の機能や戦闘目的をつけ加えようとするものであった。この計画はヨーロッパからみれば、およそ乱暴な発想であったかもしれなかったが、この種の無理やつぎはぎをやっていく以外に日本人がヨーロッパ風の近代軍隊の世界に参加してゆくことはできない。

Japan had only the ability to employ the light cavalry, but that made matters all the more complex since they tried to assign the functions, battle aims, and other duties of the heavy cavalry and the dragoons to the light cavalry. This plan may seemed like a wild idea to Europeans, but there was no way that the Japanese could participate in the world of the modern European military without patching things together like this.

ヨーロッパの騎兵というのは伝統も長い上に、種類や組織体系も洗練されているが、日本は急いで、小規模ながらもすべての騎兵の役割をこなせる効率的な騎兵組織を整備しなければならない。これが秋山好古が取り組む課題となります。

要するに日本陸軍はこの満三十になったかならずの若い大尉に、騎兵建設についての調べのすべてを依頼したようなものであった。それだけでなく、帰国したのちは好古自身がその建設をしなければならない。

In other words, the Japanese Army was entrusting to this young captain of barely thirty all the research necessary for building its cavalry.

この分野だけでなく他の分野でもすべてそういう調子であり、明治初年から中期にかけての小世帯の日本のおもしろさはこのあたりにあるであろう。

Matters relating to the cavalry were handled this way, and all other aspects of Japanese life got the same treatment as well. It was this above all that must have made life in the “little household” of early to mid-Meiji Japan so interesting.

さぞかし大変な留学生活だったと思いますが、たった一人で「日本におけるその分野のパイオニア」と見なされ全面的にバックアップされるのは、やはり、男性目線からすると、うらやましい働き方。

この時代には、他の様々な分野でも、「この分野はオレ一人がヨーロッパから日本に導入するために研究しているんだ」と自負し、かつ周囲からそう期待されていた若者が、たくさん、いたのでしょう!

⇒次の記事へ

「歴史小説『坂の上の雲』の英語版(CLOUDS ABOVE THE HILL)を読もう!」のトップページに戻る