『坂の上の雲』の有名な書き出し「まことに小さな国が開花期を迎えようとしている」はどう英訳されたか?

ついに英語版( Clouds Above The Hill ) が出版された、司馬遼太郎の人気小説、『坂の上の雲』。

名場面や名セリフがどのように英語訳されたかを追うこの企画ですが、まずは、気になるところの、物語の「書き出し」を追ってみましょう。

NHKドラマ版でも強調されていた、書き出しの名文句は、こういうものです。

まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている

その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている

私個人も、強く引き寄せられた書き出しです。語呂も名調子である上に、読者の頭の中にまず日本列島を思い浮かべさせ、次に四国を思い浮かべさせ、という順番で、第一章の舞台である松山にフォーカスしていくあたり、実に巧い導入と思います。

さて、壮大な物語の幕開けを予感させる、この書き出し文。英訳者たちはどう処理したのでしょうか?

A small island nation was about to enter a period of great cultural change.
(ある小さな島国が、まさに大きな変革の時期に入ろうとしていた)

んー?!なんだか、英語にされると、ものすごく、普通に感じられて、個人的には少しがっかり(!)。

ロスト・イン・トランスレーションというやつなのでしょう。翻訳をすると、「意味」は伝わっても、原語が持っていたニュアンスがごっそり消えて、「普通な文」になってしまう。
これと逆のことが、きっと、英語の文学作品が日本語に翻訳される時にも大量に起こっているのだろう、ということを思うと、いやはや、文学の翻訳って、いかに難しいことかと、思い知らされます。

続く、四国の描写部分は、こうです。

One of the islands in this archipelago was Shikoku, and it was divided into the provinces of Sanuki, Awa, Tosa, and Iyo.
(この列島のうちの一つが四国であり、それは讃岐、阿波、土佐、そして伊予という四つの県にわかれていた)

なんてことでしょう。まるでカエルの解剖報告のように、無味乾燥な「説明文」になっちゃった。でも、確かに、「四国」という地名も、「讃岐 阿波 土佐 伊予」といった地名も知らない英語圏の読者に対しては、こういう文章にせざるを得ない、という事情もわかります。

とはいえ、ここで「列島」という意味を示すのに、archipelagoというちょっと古風な単語をあてて風格を出しているところに、英訳者たちの苦肉の意気込みを感じることもできます。

【キーワード】
archipelago=「アーキペラゴー」と読みます。もともとはギリシャの島々を示す言葉。転じて現代では、「群島」とか、「列島」とか、「多島海」といった意味。

考えてみれば、司馬遼太郎の小説というのは、本作品にかぎらず、「日本史」「日本地理」についての知識がある程度、頭に入っている日本人読者を想定して書いてあるもの。英語圏の人に読ませる小説に翻訳するのはかなり困難なことで、説明調が紛れてくるのは仕方のないことと言えます。

それらの難題を、英訳者たちがどのようにひとつひとつ乗り越えて、大河小説全体の翻訳を完成させたのか、興味がますます、湧いてきます。
この調子で読み進めていきましょう!

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