空海先生の著作『三教指帰』はシェイクスピア級に「読んで面白く、そして深い」古典文学だと思う話

現代日本の出版事情というのは素晴らしいですね。
などとつくづく、思うのは、
角川ソフィア文庫で、1,000円以下というお手頃価格で、
空海先生の著作、『三教指帰』(さんごうしいき)の
現代語訳版、などという貴重すぎるものが買えてしまうのですから。

なにせ(態度として正しいのかはともかく)通勤電車の中で
空海先生の言葉に触れられるのですから。


一般には、こちらは空海先生の若き日(中国留学前の二十代の頃)の著作であり、いわゆる「弘法大師」となるよりもずっと前の、若書きの作品とされているわけですが。

現代語訳で読んでも、ハッキリ言って、圧倒されます。

何に圧倒されるかといえば、
その豊富すぎる語彙と
何重にも張り巡らされた「漢文からの引用」の妙に。

この本は、物語仕立てになっている論文であり、
筋としては、

・高名な儒学者が出てきて、品行の悪いある人物に、儒教の立場から説教をする

・その次に道学者が出てきて、「わしのほうがより高いレベルの話をするぞ」と、道教の立場から説教をする

・最後に、若い仏教僧(「讃岐の国から来た」等々のセリフから、空海本人がモデルと思われる)がその場に現れて、儒教や道教もまだまだ甘い、仏教こそがそれらをも包摂する、いちばん高いレベルにあるのだ、と説教する。これに、品行の悪い人物(三人がかりで説教された人)だけでなく、儒学者、道学者も「おそれいりました、我々も仏教を勉強します!」と感嘆する

というもの。これだけ読むと、自画自賛の書のように思われるかもしれませんが、

儒学者のセリフも、道学者のセリフも、強烈なほどのリアリティがあります。つまり、「キャラが立っている」。儒学の専門用語や道教の専門用語もバリバリ出てくる。空海先生が、仏教だけでなく、論敵であるはずの儒学や道教についてもかなり深く研究し尽くしていたことがわかるのです。二十代前代の著作で、です!!

そして、細部が、やけに、面白い!

酒宴の様子や、もてなされたごちそうの様子。三人が話をしている場所の描写などが、とても細かい。儒学者、道学者、仏僧の三人が、活発に議論をしている情景が、いきいきと目の前に感じられるような、対話篇になっているのです。物語としても、読んでいて、面白い。

トドメが、膨大な引用。登場人物たちが、「漢の時代の〇〇が言っていたように」とか、「孔子の弟子の〇〇はこういう生活をしていたと伝えられますが、私もまた云々」とか、古典中国文学のさまざまな言葉やキャラクターが引用される。ここは、私も、自分の知識では歯が立たないので、ただただ豊富な引用の緻密さに圧倒されるばかり。

本書の序文で、空海先生本人が、「若いころは、いわゆる『窓の雪明かりや蛍の光で苦学』というレベルさえも超えた勉強時間で猛勉強していた」と言っていることが、テキストの重厚さで証明されております。

何よりも、本書を読んでいると、やる気が出てくる!

説かれている仏教の論理は、まだ私も若いため、完全に理解はできていませんが、「苦学勉強をしなければ」という意気込みになってくる。そういう本です。

このブログで何度も述べている通り、空海先生を、「外国語勉強の大先輩」として畏敬する私、とうぜん、この本を読んで得たモチベーションを、外国語の習得にガンとぶつけていくわけです。

これはもう、「日本におけるシェイクスピア」級の扱いをして、公立学校の国語で採用してくれないものでしょうか?

それくらい、若い人や、次の世代の人にも読んでほしい、大切な一著なのでした。

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