空海先生とチョーサーとシェイクスピアがつながった話、少しだけブレグジットの話

みすず書房から出ている、外山滋比古著作集の第7巻、『シェイクスピア考』を読んでいて、嬉しい発見がありました。

このブログでも何度も記載している通り、弘法大師こと空海先生が大好きな私、

それも、仏教史の偉い人というよりも、「外国語の天才」として畏敬し、できる限りその外国語能力の真似をしたいと常に思っている私。

そんな私は、いっぽうで、シェイクスピアのような古典英文学も好き。

ところが、この、空海とシェイクスピア、という、一見するとまるで混ざらない対象について、一緒に語られている本があった!、、、といっても、「シェイクスピアについての本の中に、一回だけ、空海についての言及があった」というだけのことですが。

でも、これまた英語学習の先輩として畏敬している巨人、外山滋比古先生の「シェイクスピア考」の中に、ふと、空海を評価する一文があったのです。空海ファンの私としてはそれだけで舞い上がるほど喜んだ。

文脈としては、こうです。

・それまでは、ヨーロッパ大陸の文化(特にイタリア風)を模倣していたイギリス文化が、チョーサーの頃から、「イギリス独自のもの」を追求する気風に変わった。

・この「島国ならではの個性」の追求は、特に言語において顕著であり、チョーサーらの時代の文人は「英語ならではのスタイル」の確立に努力した。

・こうして、イギリスのルネサンスは「大陸と違うこと」を目指すこととなった。この、「大陸から自由になってはじめてイギリスらしいものになる」という考え方はその後のイギリス史でも繰り返されるフォーマットとなった。

・日本も島国なので似た背景を持つ。ここに初めて自覚的になったのはおそらく空海で、彼の書道のスタイルは、中国から学んだものでありながら、日本人の感覚に溶け込みやすいものを目指している」

ありゃ、こうやって書くと、文脈的には「空海とシェイクスピア」が並んで論じられているのではなく、どちらかといえば「空海とチョーサー」ですが。でも、英語史の話の中に空海先生が出てきたのは私には嬉しい。

それに、この論考は、とても興味深いです。

いわゆるブレグジットとの関連で、です。外山滋比古先生がこのエッセイを書いているとき(1980年代)は、ブレグジットなどは予測不能な事柄だったはずですが、「ヨーロッパ大陸から自由であることがアイデンティティ」という発想がイギリスの根幹にあるという指摘、最近のブレグジット報道の背景に据えると、なんだか、とても、見通しが効いてくる気がするのでした。

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