安武知子さんの『コミュニケーションの英語学』を読んで「談話要因」という概念に出会った話

これは!と思えるような外国語研究書に、ひさびさに出会えました。安武知子さんの『コミュニケーションの英語学―話し手と聞き手の談話の世界 (開拓社言語・文化選書)』。開拓社から出ている「言語・文化選書」は好著揃いですが、本書も、実に、よいものでした。

単なる英語の勉強本にはならず、それぞれの著者ならではの「英語の研究方法にはこんなものがある!」の主張の場ともなっているシリーズなので、英語の歴史を紐解くところからアプローチする人もいれば、日本語との比較でアプローチする人もあり、中には「こんなアプローチ方法があったか!」と読者を感心させるところから始める人もあり。

で、この書の著者、安武知子さんは、どちらかといえば語用論的な研究をフィールドとしている人のよう。語用論、というのは、正直、これまでの私もあんまり馴染みがないし、あまり良書に出会った記憶もないのですが、この『コミュニケーションの英語学』は、とても、よかった。

本書のキモとなる「談話要因」という概念については、序文において、かなり明快に説明されています。要約しますと、

・ことばによるコミュニケーションには、客観的な情報だけではなく、話し手自身の主観的な心情や意図や態度も背景に込められている。

・しかもそれは、話し手が意識的に、ことばに自分の主観を含んでいる場合(英語で言えば、mayやmustのような助動詞を挟んだり、仮定法で表現したり)だけでなく、話し手も無意識のうちに自分の主観をニュアンスに込めてしまう場合もある。だから、単純に文法を見ているだけでは、本当の意味での外国語の意味の理解は完成しない。

・このような「談話要因」を研究するためには、それぞれの言語を話している人々の、文化や生活慣習、歴史的な経緯といった領域まで研究しなければならない。

・そうすることによって、我々は、単なる文法や語彙の比較よりもさらに踏み込んだ、それぞれの言語の深いレベルでの「世界の感じ方の違い」を分析できるのだ

↑私なりの要約なので、それこそ、著者の安武さんの込めていた「ニュアンス」を殺してしまっているかもしれませんが、、、。しかし、問題意識は、とてもよくわかる!同じ言葉でも、話す人や、シチュエーションによって、「実は怒っているのかな?」とか「実は皮肉を言っているのかな」とか「保育園に行きたくないと言っているけど本当は行きたいのだろうな(これは私の娘の場合、、、)」とかを読まなくてはいけないのは、日常のコミュニケーションで起こっていること。

その「言外の意味の込め方」にこそ、各国言語の特徴の違いが出てくるはずだし、

そこまで踏み込んだ研究こそ、真の外国語理解だ、という設定ならば、私には、とても、共感できます。

本書は、上記の考え方に従って、「自動詞と他動詞の問題」や「冠詞の使い分け問題」、「someとanyの使い分け問題」など、文法書の解説だけではどうにも釈然としない英語の微細な表現の問題に切り込んでいきます。専門書なのでかなりハイレベルな議論が行われる本ですが、ともかく通読すると、確かに、英語というものへの理解がグンと深まることは確か。ぜひぜひ、一読をおすすめしたい本です!

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