学校英語が悪い、というのもまた都市伝説である話、そもそも「ひとつの英語」などない話

英語というもの、勉強すればするほど、思うことは、この世界こそ危険な妖怪がそこらじゅうに跋扈している、ということです。

健康法とか、資産運営、情報に溢れているように見えて実は間違った情報が大量に紛れ込んでいる領域、というのは多々ありますが、英語の世界もまた然り。そして、これまた健康法や資産運営とかと同じく、「オレはこのやり方でうまくいったから、これこそが正しいのだ」と善意と自信に溢れた情報発信をしている人ほど、実は都市伝説の流布に加わってしまっているだけであり、実にややこしい。英語に関して言えば、「ネイティブが教えてくれたこと」「帰国子女が教えてくれたこと」「本に書いてあったこと」が、正しいとは限らないので、なおさら、ときには絶望的になる。

典型的な話が、学校英語というものへの攻撃です。私の周りにも、ネイティブや、帰国子女が何人かいて、そういう人たちがよってたかって、私の学校英語を矯正してくれます。「日本の英語教育ではそんな教え方をしているのか? 今のネイティブはそんなふうには言わない。よし、俺が今時の英語を教えてやる」というパターン。私も一時期までは、彼らのいうことを信じ、「日本の学校英語はダメなんだ」と思っていたのですが、その後、ネイティブの方々とのつながりがもっと広がると、「そんな砕けた言い方は格好悪いから使わないほうがいい」とアドバイスを多々受けるようになりました。で、そういう人のアドバイスの通りにすると、今度は学校英語に急激に戻っていくw。しかも、彼らのいうことを信ずるならば、「日本で出版されている、『日本の学校英語は間違っている』系の書籍こそ、間違っている」ということになってくるので、図書館や書店に行けば解決する問題でもなく、ますます混迷は深まります。

いったい誰が本当のことを言っているのか。

・・・と、悩む必要もあんまりなくて、

実は、答えはだんだんわかってきているのです。「唯一の絶対正しい英語などというものはどこにもない」ということ。「政府や大学が定めているものが基準だろう?」という言い方もありますが、実はそういうものも、日本の常用漢字の制度と同じで、「世の中をリサーチして、現代の使用ではこれが一番標準的」と定めているだけで、彼らが神のように言語の正規形を支配しているわけではない(とはいえ、言語の細かいことについて調べ物をするときは、政府機関や大学から出版されているものにもっぱら頼った方がいいとは思います)。いわゆる「ネイティブチェック」というのもそういうもので、ある人は「日本の学校英語はぜんぜんダメ」と善意で添削してくるし、ある人は「日本の学校英語の何がそんなにいけないの?」と首を傾げてくる。でもそれは、英語がまさに生き物で、今もどんどん進化している、ということの証拠に他ならない。

結局、「はやいところ、自分なりの英語に対するスタンスを確立することで、あまり他人の意見に振り回させないようにしつつ、かつ、いいなと思ったアドバイスはどんどん取り入れる柔軟性も残しておきましょう」くらいのことしか結論はないのですが

ただ、ひとつだけ、最後に言いたいことがありまして、

日本にいる「帰国子女」や「自称英語ができる人」たち、あなたたちも是非、英語に対する謙虚さを忘れないでください、というのも、あなたたちが時に、自信たっぷりに「これこそが正しい英語だ」と発信していることが、まさにただの都市伝説にすぎない場合が多々あるのです!それが妖怪としてますます、英語を勉強している不特定多数の人々の邪魔をするのも問題ですが、もっと恐ろしいのは、それによってたくさんの人から「結局英語はわけわからん」と学習意欲を削いでしまうこと。

妖怪だらけの世界も、それはそれで、みんなで探検する対象としては面白い世界なのですから。常に「あなたも間違っているかもしれないが、僕のほうも間違っているかもしれない」という謙虚さで、この妖怪世界を探索する仲間を増やしていけるよう動きが広まっていけばよいかなと思います。

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